中條 好亮氏(日本橋フィリー店主)店内でテンプル大学のフットボールのユニフォームとキャップを身に着けてポーズ。

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東京日本橋の歴史ある街並みの一角で、テンプル大学のホームタウンであるアメリカ、ペンシルベニア州フィラデルフィアのソウルフードが、熱い鉄板の上でジュージューと音を立てています。

その場所にあるのが、こぢんまりとしながらも本場の味を追求するチーズステーキ専門店「日本橋フィリー」です。店主の中條好亮(ちゅうじょう・こうすけ)氏は、本場フィラデルフィアの味と精神を東京で再現しようと努力を重ねています。学生たちは、ひと口食べるたびに、米国本校があるフィラデルフィア中心部のブロード・ストリートの雰囲気を感じると話します。

中條氏(左)とTUJの学生であるショーン・マクレンドンさん(右)が、来店客のメッセージや落書きでいっぱいの壁の前でポーズ。

10月上旬、テンプル大学ジャパンキャンパス(TUJ)の学生とスタッフが日本橋フィリーを訪れ、開店前の時間に料理を味わい、店主の中條氏にインタビューを行いました。正午頃の取材・撮影中には、フィラデルフィアからの観光客を含む数名の外国人客が店の前に立ち寄り、写真を撮る姿も見られました。開店時間が午後6時であるにもかかわらず、このような光景が見られることは、海外からの観光客の間で店の認知度が高いことを示しています。

中條氏が東京で本格的なサンドイッチ作りに本腰を入れようと決意したのは、パンデミックが始まった2020年頃のことです。その頃から何度もフィラデルフィアを訪れ、この街の象徴的なチーズステーキを実際に体験してきました。これらの訪問は、料理そのものについて学ぶだけでなく、フィラデルフィアの地元コミュニティとのつながりを築く上でも重要だったと振り返ります。

パンデミックが転機に

転機となったのはパンデミック最中でした。日本橋フィリー周辺では、多くの店主たちが将来への不安から店を閉める決断をしていました。そんな中で中條氏は、自分のビジネスと人生で「本当にやりたいことは何か」について深く見つめ直すようになったといいます。

中條氏は、日本橋で印刷工場を営んでいた祖父母の家に生まれました。2011年、彼は工場を閉鎖し、その場所に居酒屋スタイルの飲食店を開くことを決意します。店名は、幼いころから親しんできたフィラデルフィアのソウルミュージックと、伝説的なレーベル「フィラデルフィア・インターナショナル・レコード」にちなんで名付けられました。

店を開いた当初、中條氏はステーキやサンドイッチ、ハンバーガーなどのアメリカの定番料理を提供したいと考えていましたが、思うようにはいきませんでした。そのため、徐々により幅広い料理をメニューに加えるようになったといいます。

若い頃にラグビーをしていた縁もあり、多くのラグビー仲間やファンが客として訪れるようになりました。特に日本で初めてラグビーワールドカップが開催された2019年に向けて盛り上がりが高まり、そうした客層が増えていったそうです。店の経営は順調で常連客もついていましたが、大会終了後まもなくパンデミックが襲いました。

「当時は『これは本当に自分がやりたいことなのか?』と何度も自問自答していました。答えはノーだと分かっていました。私は純粋なアメリカンスタイルのレストランを開きたかったんです。チーズステーキのような料理を提供し、店名の由来であるフィリーソウルミュージックとつながるような店を」と中條氏は当時を振り返ります。

チーズステーキを知るほど、友情も深まる

2020年、中條氏は夫人とともにフィラデルフィアを訪れ、センターシティから半径約5キロ以内にある約30軒ほどのチーズステーキ店を巡りました。その際、市内の有名店にパンを供給している地元のベーカリーとも出会いました。それ以来、2人は毎年フィラデルフィアを訪れ、大手チェーン店から地元で愛される小さなローカル店、さらにはテンプル大学近くの北フィラデルフィアの店まで、これまで100軒以上のチーズステーキ店の味を体験してきました。

キッチンで中條氏(中央) と一緒に映る マクレンドンさん(左)と阿部 空(右)さん

「2020年にフィラデルフィアから戻った後、お客さまから『とても美味しい』という嬉しい反響をいただきましたが、私はまだ自信が持てませんでした」と中條氏は話します。「だから何度も戻って、様々なスタイルを味わい、それぞれの店から学びました。チーズステーキ作りの技術が向上しただけでなく、フィラデルフィアの人々と強い友情も築くことができたんです。」

レシピを改良していくにつれて、日本橋フィリーはますます多くの人々を惹きつけるようになりました。地元の利用客をはじめ、アメリカからの観光客、そしてイーグルス、フィリーズ、フライヤーズ、シクサーズといったフィラデルフィアのプロスポーツチームのファンたちも足を運びます。テンプル大学、ペンシルベニア大学、ビラノバ大学などの学生や卒業生を含む多くのアメリカ人訪問者が、この店の味と雰囲気を懐かしく、そして本格的だと感じています。

テンプル大学との絆の深まり

店内はテンプル大学を含むフィラデルフィアのスポーツチームや大学関連の記念品、ユニフォーム、キャップ、グッズなどで埋め尽くされています。訪れた客たちは、壁やテーブルにメッセージや落書きを残していきますが、その多くが料理を称賛し、フィリーの味を東京に届けてくれた中條氏に感謝を綴ったものです。

「フィラデルフィアには、いたるところにテンプル大学の存在を感じることができます。大学が、街やコミュニティの一部であることを実感します」と中條氏は述べます。「自分がやりたいことに正直に、本格的なチーズステーキ店を開いたからこそ、多くのテンプル大学の学生、教職員、卒業生と出会うことができました。フィリー出身の方も、アメリカの他の地域から来た方も、多くの方が故郷を思い出すと言ってくれます。」

中條氏は、フィラデルフィアと地元の日本橋に共通点を感じるといいます。「私たちがチーズステーキ店やベーカリーを訪れたとき、フィラデルフィアの人々はとても親切で温かく迎えてくれました」と彼は話します。「皆さん、質の良い料理を心を込めて提供するために一生懸命働いていて、多くのことを学びました。テンプル大学の学生からも同じような温かさを感じています」

フィラデルフィアと日本橋の共通点

中條氏は、両都市が深い歴史と文化遺産を共有していると語ります。フィラデルフィアはアメリカ独立の舞台となった街であり、日本橋は寿司をはじめとする日本の食文化の多くが生まれた、東京の伝統的な中心地です。

テンプル大学の学生たちは、今では日本橋フィリーの常連客となっており、中條氏は過去にTUJの学生を店で雇ったこともあります。

今回の訪問には、TUJの広報とソーシャルメディア担当スタッフに加え、テンプル大学本校からの留学生で3年生のショーン・マクレンドンさんと、TUJ経済学科3年生の阿部 空(そら) さんの2人の学生も同行し、中條氏のチーズステーキを堪能しました。

マクレンドンさんは、中條夫妻の本格的なチーズステーキ作りへの情熱に深く感銘を受けたと話しました。中條氏がフィラデルフィアの有名店を研究し、夫人がパンを焼いていることにも強く心を動かされたそうです。

「本格的で本当に美味しいというのは決して大げさではありません。中條さんは、そのレベルに達するまで時間と努力を注いでいて、それが味からも分かります。いろいろな意味で、まるで故郷にいるような気持ちになりました。特に、壁一面にあるテンプル大学やフィリーのアイテムを見ていると、そう感じます。温かくて居心地がよく、とても楽しい時間でした。彼と話すのも楽しく、また必ず訪れて、もっと話をして、友達も連れて行き、料理を味わってもらいたいと思います」とマクレンドンさんは語りました。


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